水物語その69 キタキツネの恋と出産

野生の王国「キタキツネの恋と子育てと旅立ち」のこと。

「恋」というのは人間のように態度で現して、

結ばれる行動をすることを言い表しています。

キタキツネはメス側がオスを選ぶのですが、

その行動には、より良い、より強い子孫を

残すためのしくみが組み込まれています。


キタキツネのメスが発情するのは2月の極寒の時です。

体から独特の匂いを発するようになり、

その匂いを嗅ぎつけて、オスたちが集まって来ます。

相当遠くからも来るそうですから、その匂いはそれほど遠くまで届くのでしょう。

ですが、人間にはわからない匂いなのです。


発情しているメスは、オスたちが十分に集まった頃を見計らって

(これも擬人的な言い方ですが観察をしているとそうとしか

思えないのでこのように表現します)

メスは巣穴を出て、初めはスタスタという歩き方で

雪の畑を抜けてから、林に入ると途端に走り出します。

集まっていたオスたちは一頭ずつ間を空け、

争わずに連なって追いかけます。

メスは恐らくますます強い匂いを発しながら、

走る速度を早め、林を抜け、畑を走り、

海岸沿いの雪の上を尻尾を真っ直ぐにさせ、全速力で疾走します。

これは、走りについて来れる強いオスを選ぶという理由もありますが、

沢山走って体力を使い果たして飢餓状態になることを

目指していることが大きな理由です。

何故なら、飢餓状態になると妊娠する可能性が

高まるからだと考えられています。


メスは40〜50キロも走ったところで立ち止まり、

最後まで残った一番強いオスを受け入れる姿勢をとります。

オスは勢い良くその背中に乗り交尾を始めますが、

この時間が永いのです。

撮影時には約20分〜50分という記録もあります。

交尾が終わったメスはしばらくうずくまってから、

急に飛び上がり、自分から雪に体をこすりつけるように転げまわります。


この一部始終を撮影した谷口カメラマンはその時の様子を

「受胎することは野生の生き物にとってはあんなに嬉しいことなんですね。

 火照った体を冷やしていただけかもしれませんけど。撮っていて涙が出ました。」

と話していました。


谷口カメラマンがこのキタキツネのメスとオスの過酷な走りを追い続け、

撮影出来たことには秘密があるのです。

それはこの撮影を行う5年前、1983年の冬。

「歩くスキー」を普及するための映画製作が決まり、

撮影を谷口君と助手の草間君に担当してもらうことになったので

歩くスキーを覚えて貰っていました。

ロケ地は北海道。

谷口君と草間君は猛特訓をし、最終的にはストックなしで

カメラを担げるまでに上達していたのです。

この経験のおかげで、雪の上を走るキタキツネを

追いかけられることができた撮影だったのです。


キタキツネのメスの妊娠期間は52日前後です。

3月末ごろにあちこちの巣穴で子どもが生まれています。

メスはその間、自分だけで出産をして、乳を与え、

便と尿の始末をして、巣の中を清潔に保ちます。

そんな忙しい母キツネのために、

後から子育てに参加するオスキツネが餌を捉えてきて巣の近くに埋めます。


そして、子キツネたちが巣の外に顔を出し始めるのは、生まれてから24日前後。

まだうぶ毛が残っている4~5匹が外に出て当たりを探検し始めます。

更に1週間も経つと、毛も生えそろってじゃれあいをします。

その様子の可愛さはほんとうに特別でいつまで見ていても飽きません。

巣穴は畑を囲む林の元や、牧場の丘に在ります。

畑作業している人間の向こうで遊ぶ子キツネたちの様子を撮影していると、

畑の持ち主が近づいてきて

「メンコイべ!今年も無事にそだったようだな!」と

北海道弁で満足そうに言いました。

「毎年ですか?」と尋ねると

「ま~いとしダ~!」とさらに強い北海道弁で言いました。


映像ー野生の王国「キタキツネの恋と子育てと旅立ち」から


極寒の中でメスを追いかけるオス


交尾が終わって体を冷やすメス


巣で子どもの面倒を見る母キツネ


初めて巣の外を見る仔キツネ


キツネの巣穴は農家の直ぐ側にあり、人々がいつも見守っている



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