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水物語その106 ドイツのごみ処理事情①

ドイツでの取材は1975年10月27日~31日までの5日間で行われました。


インターネットで現在のドイツのごみ事情を調べると

「ドイツは国際的に見て、廃棄物対策がもっとも進んだ国だと言われています。家庭から出されるごみは、生ごみ、包装容器、新聞雑誌、残りごみに分別されています。生ごみは集中コンポストに集められ堆肥として再利用されます。」と紹介されています。


47年前に取材した時は、ごみ容器は1種類でした。その様子を「見聞記」には次のように書かれています。

「ポリ袋に入れられたごみは全く見当たらない。すべてのごみは統一された容器に入れられている。下に車の着いた容器を収集車まで転がして来て収集車の後ろに置くと、アームが伸びて容器を掴み上げて収集車の中に持ち込んで蓋を開けてごみを落として蓋を閉めて戻す。臭気が漏れることもなく、容器の中身が見えることもない。容器といい、トラックといい、合理的設計である。」


統一容器でのごみ収集作業>


<日本で売られている容器>

統一されたこのごみ容器は1972年にドイツで「ごみ処理法」が制定される時に

公募のコンペティションで決まったもので、収集車とセットの設計で採用されています。

家庭用サイズは40リットルで最近は日本でもネットで買えるようになっています。


余談ですが、このコンペで採用された設計者はなんと当時の大学生で、一生暮らせる分の賞金を貰ったのだそうです。

せっかくならば設計までの話を聞こうと取材を申し込みましたが、叶いませんでした。


ドイツではまず、2名のインタビューにあたりました。


一人はプラスチック製造企業の団体である「西ドイツ化学協会」の副会長をしている、エミンガー氏。

そしてもう一人はフランクフルト市清掃局の局長であり全国市町村清掃局連合会の会長も兼任している、ボウマン氏です。


ボウマン氏は25年間清掃業務に従事していて、下水道の整備、全国の高速道路と一般道路のの整備、家庭ごみから産業廃棄物の処理。埋立地の整備までドイツ国内で出る全ての廃棄物の処理をしてきたレジェンド、ドイツのごみの生き字引と目される方でした。


このお二人の話がピッタリと一致していることにインタビューした飯島さんも私も感心しました。


なぜなら、企業側と行政側の考え方がこれほど一致することは日本ではほとんど有り得ないことだったからです。


例えば、ボウマン氏はプラスチックごみの分別回収については、「将来はともかく今の現状では行う必要はない」ときっぱり断言します。


その理由は、新聞紙など紙類の分別テストをフランクフルト市で行った結果、大量の紙が集まり、それだけの量の古紙を処理できる企業が無かった。

その経験から、公的に分別を行う前に、私企業の活動に任せるのが良いと判断し、それを支援するために国営の「ごみ取引所」を開設して昨年の(1974年)は年間5000トンのごみが取引された。

だから、今はこの方式で進めるとのことでした。


そして、ボウマン氏は最後に次のように結んだのです。

「ごみ問題は常に現状を改善することが必要です。それには費用が掛かる。その費用は国民の税金で賄われる。

なのに国民はこの問題に関心が薄い。

だから、日常的にPR活動をしなければなりません。」


誠に明快な考え方で、確信に満ちていました。


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