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水物語その101 パリのごみ処理事情①

更新日:2022年11月8日

まずは最初の取材地、パリでのお話です。

ヨーロッパを取材したのは1975年。

現在のパリのごみ事情をインターネットで調べてみると、

家庭から出るごみは

燃えるゴミとガラス類とリサイクルごみの3種類に分けて

緑色、黄色、白色に色分けされたに容器に入れられて

出されているようです。


[参考画像]


取材した1975年当時は、

アパルトマンの入口前に黒い大きなブリキの容器が並べられており

これがごみ収集箱でした。

中は分別されず、全てひとつの容器に出されていました。


そんな容器に入ったごみの収集作業を撮影しようと、

日が昇る前の午前5時半から、堀田カメラマンと私は

ごみ容器が見える近くで待っていました。


しばらくするると、低く大きいエンジン音をたてて

大きな収集車がやってきました。

そしてアパルトマンの前で止まると、

運転席から紺色の制服に赤いチョッキを着た清掃員が降りてきました。

彼の倍以上の高さはある収集車は日本と同じように

車の後ろがパカっと開いてそこへごみを入れる仕組みになっていました。

しかし今のようなに機械が発達していませんので

ひらいたそこにはさらに大きなごみ箱が2つ、横に並んでいました。

清掃員は、黒の容器を持ち上げ、

ごみをどんどんとその中へと入れていくのです。

これは大変な作業だ、と私たちが近付くと

手に持ったごみ箱をいまにも投げつけてきそうな勢いで

こちらに叫んできました。

すぐに「撮るな!」と言うことだと察して

私たちは急いで離れ、遠くから撮影したのです。


現地のコーディネーターに後で聞くと、

収集作業員の他の国から来た出稼ぎ労働者が多く、

また、パリでのごみ収集作業は古くから囚人の仕事とされていたので

現地のフランス人はやりたがらないそうです。


少し場所を移動しながら、他の収集車も撮影を続けていると

すっかり明るくなり、収集車の姿もだんだんと見えなくなったので

近くの交差点にあるコーヒーショップに入り休憩をとることにしました。


現地のコーディネーターとも合流し、コーヒーも飲み終わる頃

ガラス越しに外を見てみると大きなブラシを持った男性が

道路をゴシゴシと洗っているのです。

よく見てみると、交差点の真ん中にある水場の蛇口から

水を出しているのです。


急いでお店を飛び出し、取材をお願いしました。

50すぎぐらいに見える彼は、根っからのパリっ子で

掃除をしているのは先祖の代から続いているそうで、

ボランティアでやっているというわけではなく

進んでやっているそうです。


「さすがパリだな!」と思いながら

交差点の真ん中にどうしてこんな水が出るのか

コーディネーターに聞くと

「昔はこれが飲み水だったと聞いてます」と教えてくれました。

「昨日インタビューしたパリ市助役のモルドー氏に詳しく聞いたらどうですか。

 あの方はパリの歴史に詳しいと、市の職員たちの間で有名です。」

「そうなの!是非アポイント取って下さい。」と頼みました。


急なことなので難しいかもしれないと言われましたが

パリの取材4日目、取材旅行最終日の午後3時に取れたと知らせがきました。

そして、パリの上水道と下水道の永い永い歴史を聞くこととなったのです。


パリ市内のごみ収集作業


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