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水

​「水つくり」開発ストーリー
水物語その65 湖の村から山の村へ

港の方が急に騒がしくなったので向かうと、

今しがた湖で漁をしてきた舟が

着くところでした。

船の近くには村人たちが集まっており、

その手には大きな入れ物がありました。

集まった人々はその中へ、

とれたての大きな魚をいっぱいに入れ、

頭の上に乗せて家へ戻っていくのです。

その周りには村人に負けないくらいの数の

ペリカンや水鳥も寄ってきていますが、

人々はまったく追い払おうとしません。

時々、漁師が船から魚を投げると鳥たちは

まるでお祭り騒ぎして取り合います。

初めて見るそのような人々のありようを、

どこからどう撮影したら良いのだろうかと

考えていましたら、

案内人が「食事にしましょう」と言いました。

その日はキャンプから早朝に出発したので、

みんなまだ何も食べていませんでした。

あまりの光景に

みんな空腹であることを忘れていたのです。

食事場所に、と湖のほとりに建っている

「あずま屋」へ案内されました。

四本柱のあずま屋はワラぶきで、

真ん中に四角い囲炉裏があり、

木のベンチがぐるりと囲んでいました。

囲炉裏には大きな金網がかかっていて、

ドライバーが先ほどあがった魚を

焼いてくれていました。

すっかり空腹の私たちスタッフは

ロッジから持ってきたサンドイッチを片手に、

ベンチへようやく腰掛けました。

ドライバーが焼き上がった魚を

お盆のような木の板に乗せて

みんなに配ってくれました。

焼き上がった魚は白身で、

ナイフでほぐすとふんわりと湯気があがり、

手でつまんで食べてみると

びっくりするほど美味しいのです。

思わず「何という魚ですか?」と聞いたことは

覚えているのですが、

すっかり名前を忘れてしまいました。

しかし、あまりのおいしさにスタッフ全員が

2匹以上食べたことは記憶に残っています。

すっかりお腹いっぱいになった私たちに

「午後は山のの村へ行きます」と

案内人が声をかけました。

そこはビルンガ国立公園の西の外れにある

カイナバヨンガ村。

「山の民」と名の通り、

彼らは急斜面の山肌に暮らしています。

かなりの急な斜面の山肌に

ワラぶき屋根がびっしりと建っている光景は

まるで今でいう新興住宅地のようでした。

ワラがみっちりと使われた屋根が広がる中に

トタン屋根の家が数軒見えたのですが、

村の中ではステータスシンボルだそうです。

竹田津さんは

「日中は暑いこの村でトタン屋根は

暮らしやすいわけじゃないのに、

妙な形で文化が入っている」と

コメントしていました。

村の様子はHPに写真を載せておきます。

麓の平地に広場があり、

沢山の人々が集まっていたのですが

あまりの人の多さに一体何をしているのかは

見えませんでした。

そしてビチュンビ村同様、

ここでも私たち取材班には誰も寄ってきません。

村を囲む周囲の山肌は

綺麗な階段状に開墾されていて、

主食のタロイモ畑と野菜畑が広がっていました。

山肌が階段状になっているのは

蹄耕法(ていこうほう)という

家畜の歩きを利用して畑を耕す方式です。

その時は30頭ほどの牛たちが、斜面を上下には歩かず平行に歩いていました。

これを何十年も、もしかしたら何百年も続けて階段状の山肌ができたのです。

▼以下写真資料ー番組映像から▼

※制作会社・グループ現代より許可を頂いて

掲載しています。

カイナバヨンガ村の様子

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広場に集まる村人

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ステータスシンボルのトタン屋根

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山肌の畑を耕す村の女性

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蹄耕法

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家畜の牛は、茶・白・黒と様々な品種がいる

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斜面を歩く牛たち

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